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ニュース/プレス記事

■タイ ******************************

2002年4月7日付タイ国バンコク、KoKo誌

KoKoのこの人に注目! Vol.11 エコマラソナー 西 一さん

「世界で最ものんびり走れるランナー」

さる3月24日、バンコク近郊サムット・ソンクラーン県にて行われた「タイランド・テンプル・マラソン」。この大会に参加するため来タイされた、ある日本人選手をご紹介しましょう。その名は西一 (にし はじめ) さん。53歳。「エコマラソナー」 (環境保護ランナー)という、一風変わった肩書きを持つ西さんは、今大会を含め、これまでに生涯通算249回マラソンに参加。1997年に、168日をかけて達成した「7大陸マラソン走破最速記録」により、ギネスブックにもその名が載っている有名人。走るのが速かった、というわけではなく、7大陸のマラソンを走り切るのにかけた時間が少なかった、というものです。この記録達成のために、アジア大陸の大会の中からパタヤ・マラソンを選んで参加されたそうで、タイという国に対する思い入れも人一倍のものがあるそう。また、西さんはアメリカ全50州、200マラソン大会を走破した初の北米大陸非居住ランナーでもあります。今年は40本のマラソンに参加されるそうで、タイの他、フランス、ベルギー、ジャマイカそしてアメリカを含めた計17ヶ国のマラソンを楽しむ予定だそう。このKoKoが発行される頃には、イタリアにて記念すべき自身通算250回目の大会に挑戦中とのこと。本当にタフな方です。西さんは自分自身を「エコマラソナー」と紹介しています。彼の生涯目標とは、地球環境を保護し、次の世代に伝えていくこと。そして「ONE PEOPLE,ONE PLANET」 (人は全て同じ惑星に暮らしている) という言葉に端的に表れているように、国境がなく、戦争もない、平和な世界が実現することだそうです。突拍子もないように聞こえますが、西さんによるとこれは決して夢ではないそう。1999年にヨーロッパでは共通の通貨ユーロが導入されましたが、その50年後の2049年頃、アジア地域の共通通貨が登場するだろうと、西さんは予想しています。そのとき西さんはちょうど100歳を向かえているそうで、もちろん走り続けているつもりなのだとか。西さんは来世紀22世紀の最初の年、2101年まで生きるのが目標だそうで、もし実現したらそのとき西さんは152歳を迎えているそうです。なんだか壮大な話ですね。

西さんは「エコマラソン・インターナショナル」という団体の主宰でもあります。自らが提唱する「エコマラソン」とは、ただ競い合うために走るのではなく、新鮮な空気を味わったり、景色を眺めたり、人々との交流を楽しみながら走ること。写真も撮れば、ビデオも撮る。ときには花の香りを楽しむために立ち止まることもあるとか。最後のランナーとして、制限時間1秒前にゴールするのが生涯目標だそうです。ユニークなことに、西さんが始めてマラソンに挑戦したのは、自身41歳のときだそう。それ以来、誰からの経済的援助も受けず、宗教とも関係なく、たったひとりでこの活動を続けてきたというから驚きです。最近では、西さんの活動の趣旨に賛同するアメリカの人たちとともに、「BALANCE BY NISHI」 というスポーツブランドを立ち上げる計画があるそう。また長年に渡り、レースの間に収集したデータをもとに、世界のさまざまなコース情報をまとめた「マラソン・データブック」とエッセイ集「地球を感じ風になる」 (仮題) を執筆中だそうで、KoKoのみならず、まさに世界中の人々が注目している人なのです。今回、西さんはローマやワシントンDCでの大会の誘いを断り、 「タイランド・テンプル・マラソン」に参加されることを選んだそう。その理由は、文化遺産が多く残っている、アジアの素晴らしいマラソンコースを、より多くの人たちに知ってもらいたかったからだそうです。 在タイ日本人読者にメッセージはありますか?とお聞きしたところ、西さんは  「日本人は自分たちのことをものまねがうまいけどリーダーシップが取れない国民だと思っている人が多い。でも僕の世界中を走った経験から言わせてもらえば、日本人ほど独創力、分析・調整能力に優れている国民はいない。日本人はもっと自身を持って欲しいね」 とのこと。 「GLOBAL STANDARD」 (グローバル・スタンダード 地球的基準)という名の全世界アメリカ化ではなく、地球人全てが分かち合える 「UNIVERSAL VALUE」 (ユニバーサル・ヴァリュー 宇宙的価値) の確立を目指して、日々走りつづける西さんに注目! 興味を持たれた方は西さん自身が運営するウェブサイト ecomarathon.org もご参照下さい。 
(取材/文 : 鈴木 良太 取材協力 : アマリ ・ ウォーターゲート)

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■米国 ******************************

2001年5月26日付アイダホ州、コーダレーン・プレス紙
"エコマラソナーがコーダレーンにやって来る"

 ビル・バリー記者
東京から来る西 一は日曜日、コーダレーンマラソンを走ります。 コーダレーン発: 西一が日曜日のコーダレーンマラソンのスタート地点に並んだ時、彼は時計と競わない。 また自己ベスト記録もめざさない。実際、彼は自分の順位を既に知っている。それは最後のランナーである。54ヶ国で228マラソンを走破した京都生まれの彼は環境保護への気付きに関するメッセージとそれまで走ってきた町々のマラソンの環境格付けをもたらして来た。 彼にとってレイク・シティ(コーダレーン)を走るのは初めてだ。「コースからの 景観が素晴らしいと聞いているので、2001年コーダレーンマラソンを走ることをとて も楽しみにしています」と彼はメールで述べている。「いい宣伝になるのでそれは素晴らし いことね。彼はコーダレーンのことを話してくれるでしょう」と第24回コーダレーンマ ラソン、第10回ハーフマラソン、そして第一回5Kラン・ウォークをエイディ・ケンダ ルと共にレース・ディレクターを努めるジュディ・シャノンは話す。3レース全てノース・ ダコタカレッジでスタートする。約400名のランナー達が西と共に7時にスターとする。 しかし26.2マイル(42.195K)のコースでカメラを持ち頻繁に立ち止まる唯一のランナーとして彼は簡単に見分けが付く筈だ。町を周回後、コーダレーン湖沿いのセンティニアルトレイルを走るマラソンコースで、「クリーンで健康的な環境に必要な要素を西は知覚し、それを分析する」と彼のウェブサイトは説明している。それは彼が頻繁に立ち止まり写真を撮ったり、景色を愛でたり、ボランティアや沿道の見物の人々との会話を楽しんだりしながらのんびり走ることを意味している。 「マラソンの競技性ではなく、全体性」を楽しむことを西は望んでいる。まるでそれを証明するかの様に、マラソンのゴールに辿り着いても彼は直ちに通り過ぎようとはしない。コースが閉められる正午になるまで待ち、最後のランナーであることを確かめた後に、彼の「エコマラソンのんびり走法」を実践する。 走りが終ると格付け作業に取り掛かる。彼のホームページには彼が参加して来たマラ ソンのリストに運営、安全、利便、交流、環境等各要素を元にした格付けが掲載されている。 彼の未参加マラソンは数多い。「マラソンに関する私の中期目標は世界250の国と地域における千マラソン参加」と彼は話す。1997年に7大陸でのマラソンを168日で走破した西はギネスブックにより「7大陸マラソン最速走破記録」と認定された。その記録達成とは別に、ワン・ピープル、ワン・プラネット実現をめざす彼のメッセージを他の人々が耳を傾けることを望んでいる。「私の生涯を通したゴールは走りを通し、未来世代により健康な地球を手渡す為、環境保護活動への気付きを高めることです」  

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■日本 ******************************

2001年8月 経営者とともに考えるビジネス情報誌【ミット】MiT  走るひと

<5>  制限時間いっぱい楽しんで走るエコマラソン  西 一 エコマラソナー

競わない、がんばらない。 西一さんが提唱するエコマラソン「のんびり走法哲学」の極意である。 疲れたら立ち止まり心地いいストレッチを楽しむ。コースからの景色を楽しみ、給水所のボランティアの人々に感謝の言葉を伝え、写真やビデオ撮影を楽しみながら制限時間内最後のランナーとして、満面の笑みでゴールする。 「エコマラソンは自らの健康や達成感に焦点を当てるだけでなく、環境や異文化交流の大切さに対する”気づき”を高め、楽しく走ること。人間の心の中にある思いやりや余裕を高めることが大きな効果です」 西さんは七大陸五十四の国と地域、”米国五十州+ワシントンDCマラソン”を走破し、マラソンを楽しみ続けている。 「同じ空気を吸い、同じ地球に住んでいる人間は相互理解や人間性に対する信頼を根底に協力し合えるはず。それが機能すれば紛争解決や地球規模の環境破壊に対する国際協力が可能です」 そう信じる西さんは、自らを国境なきエコマラソナーとして、世界全ての人々とその未来世代に恩恵をもたらしたい、と走り続ける。 ランナーは走らせて貰うコースの環境保護に責任を持つべき、とエコマラソナーの西さんは紙コップを使わずマラソン参加時必ず水筒を持参する。さらに必需品は小型カメラとビデオ。ボランティアや沿道で出会う人々との触れ合いや風景の撮影を楽しみながら、のんびりとゴールをめざす。
にし はじめ●1949年、京都生まれ。41歳から体験した米国エサレン研究所での自己成長ワークショップ受講とマラソン参加を通し、自らの健康は地球環境と結びついていることを学ぶ。95年から「エコマラソン」を提唱。97年、南極からキリマンジャロまで七大陸マラソンを百六十八日で走破し、ギネスブックに世界記録の認定を受ける。エコマラソン国際環境評価の創造者として二百五十の国の1000マラソン大会に環境格付けを与えるべく、世界各地を快走中。2002年には一年ないし三年かける米国五十州+ワシントンDCマラソンツアーを幅広い年齢層の日本人ランナー対象に企画中。

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■日本 ******************************

2001年4月18日付朝日新聞朝刊スポーツ欄

ボストン彩る名物ランナー  エコマラソン提唱者  寄り道して沿道調査  東京都渋谷区の西一さん(52)は記録や順位を度外視。「エコマラソン」と名付け、制限時間をいっぱい使って人や周囲の自然と触れ合い、大会の運営や環境を評価し、紹介している。 走った国・地域は53、大会別で今回が200回目。腰に水筒、カメラを下げ、5時間43分をかけ完走。「仮設トイレの前に女性ランナーが並んでいた。飛行機に例えるとボストンマラソンはファーストクラスには手厚いがエコノミーにはどうか」 働いて得た不動産や会社を処分し資金にしている。今年は17ヶ国52大会を走る予定だ。(金谷智美)

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■日本 ******************************

2001年 1 | 2月号 CRC コミュニケーション誌

 伝達人  エコマラソナー 西 一氏  1949年京都生まれ。71年桑沢デザイン研究所ビジュアルデザイン科卒業。米国エサレン研究所での自己成長ワークショップ受講とマラソン参加を41歳から体験し、自らの健康は地球の健康と結びついていることを学ぶ。7大陸51ヶ国での計203マラソン参加を通し、自然への畏敬の念から生まれた環境負荷軽減を最優先した生き方「エコマラソン」を提唱し、ONE PEOPLE,ONE PLANET(地球上すべての生命体と人類が共存可能な平和調和社会)実現をめざし快走中 「勝たねば、頑張らねば」は過去のもの。21世紀に必要なのは「負けるが勝ち」の精神です。  シドニーオリンピックで高橋尚子選手がマラソンで優勝するなど、日本のマラソン人気は相変わらず高いものがあります。しかし、私が提唱するマラソンはタイムを競うものではありません。参加者がゴミを拾いながら、沿道の声援者と触れ合い、美しい景色やおいしい空気を胸一杯吸い、楽しく走れる「エコマラソン」です。 私がマラソンを始めたきっかけは、38歳のときに妻が幼い3人の子供を残しこの世を去ったことにあります。それまでの私は、まさにモーレツビジネスマン。海外の映像版権を取得し、それを日本のビデを会社に配給する仕事で業界トップのプロモーターとして、それこそ忙しく世界を飛び回っていました。しかし、妻の死でそれまでの地位や富といった価値観がガラガラと音を立てるように崩れ落ちるとともに、健康の大切さを思い知らされたのです。  このような思いでいた1990年、気分転換にホノルルマラソンに参加しえみることにしました。それまで運動といったらスポーツクラブで軽いトレーニングをしていた程度で、マラソンはもちろん初めて。このときは半分の21kmを走り、残りの21kmは歩いたものの5時間51分で完走しました。自分の満たされない気持ちから逃れるために出場したマラソンでしたが、走っているうちにかって経験したことのない充実感が得られました。これを機に、私のマラソン人生が始まりました。仕事は一切やめ、米国に持っていたマンションやヨットを売り、自費による世界のマラソン大会めぐりです。しかし、さまざまなマラソンに参加するうちにいくつかの疑問を感じるようになりました。多くの人が勝つこと、自己ベストを出すことだけに集中し楽しんでいないこと、また、日本人が多く参加する大会では給水所で配られる紙コップを道路に投げ捨て、沿道の声援者にも声もかけないことなどです。 そんな疑問を解いてくれたのが、1995年、西部劇で有名なアリゾナ州とユタ州にまたがる「モニュメントバレー50マイルレース」です。 このレースは先住ナバホ族の聖地を抜けるコースになっており、主宰者から「ゴミは自分の排泄物も捨ててはいけない、残すのは足跡だけ」といわれ袋を渡されたのです。私はスーパーの袋10枚を腰につけ、コーラの缶などを400ほど拾いながら走ったのでかなり時間がかかりました。それでもモニュメントバレーのビュートから大平原に出て目指すゴールが見えたとき、自然と力がみなぎり、自分の体が大自然に受け入れられたことを感じることができました。 レースには負けても、勝ったときよりもはるかに大きな満足感を味わうことができたのです。 このマラソンに出会い、自然とマラソンが共生した「エコマラソン」を世界に広めたいと思うようになりました。競いあうのではなく、集い触れ合うことを楽しむ、自然を征服するのではなく、自然との調和を大切にする。独占するのではなく分かち合いつつ、物質にとらわれずに簡素な生活をする。そんな生き方をマラソンを通じて訴えていこうと思ったのです。なぜならば、いまの世の中はあまりにも弱肉強食で、強者の論理が幅をきかせすぎているからです。 そのために人々は常に勝者にならなければいけないという思いに駆られ、それが心の荒廃を生むとともに、地球環境を守れないで自分の健康なんか守れるはずがないと思ったからです。 エコマラソンを広めるために、ただ参加するだけではなく、世界各国の大会のエコロジー度を評価する「エコマラソン国際環境評価」(EIE)もはじめました。私のマラソン体験を通じ、規模や知名度にかかわりなくその大会から得られる共通の心地良さや安心感、環境保全への心遣いなどに重点をおいて格付けをするものです。採点項目は環境、交流、運営、安全、利便、記念、公正の7要素34項目からなり、最高格付けのトリプルA(AAA)から最低格付けのDまで、計34段階。これまででAAAを取得したのは、インドで行われた「ヒマラヤ100マイルステージレース」だけです。スポーツイベントの環境格付けはEIEが世界で始めてですが、環境格付けが多くのスポーツで行われるようになれば、障害者も安心して世界中でスポーツを楽しむことができるようになるはずです。 マラソンを初めて10年。99年には「世界7大陸マラソン最速走破世界記録保持者」として「ギネス」に認定もされ、昨年11月には第一の目標であった20世紀中の50ヶ国での200マラソン走破を達成できました。仕事ももたず、スポンサーも付けない私の生活は質素ですが、心の豊かさは何ものにも代えがたいものがあります。人に勝つ、人より頑張らねばという考えは20世紀の箱に仕舞い、21世紀は人々と分かち合う時代にしなければなりません。 私の生涯のゴールは「ONE PEOPLE,ONE PLANET」、私たちが自然と調和して生きて行けること、平和に暮らせること、そしてすべての生命体とともに暮らせることの実現です。そのためにまずは100歳までの1000マラソンに向け、これからも質素な旅を続けながら世界の人々と心を共有し、「負けるが勝ち」の精神でいきたいと思っています。 (談) エコマラソンホームページ ●ecomarathon.org

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■日本 ******************************

2000年7月14日付朝日新聞朝刊家庭欄

 47ケ国182回を完走「エコマラソン」の西さん  マラソン大会 空気、景観、安全性は?  走り楽しみ 環境格付け  記録より健康重視 妻の死で生き方変える  ごみを拾いながら、沿道の声援者と触れあい、制限時間いっぱい楽しんでゴールを切る。そんな走りを「エコマラソン」と名付け、世界四十七ケ国、百八十ニのマラソン大会を完走してきた市民ランナーがいる。西一さん(五一)。景観の美しさや空気のおいしさなど、体験した各大会のエコロジー(環境)度を採点し、格付けした記録を現在、本にまとめようと準備中だ。「記録を追うだけがマラソンじゃない。人生もまた同じ」。猛烈な仕事人間を返上した人生観とマラソンが重なる。  西さんの人生の折り返し点は三十八歳、十四年連れ添った妻をがんで亡くした時だ。洋画ソフトの通信会社を経営しながら、英語学校の開校準備にかかっていたさなかに、医師から「余命半年」を知らされた。仕事に追われ、ろくに看病もできないまま妻を失った。約一年後には学校も経営不振で閉鎖。「実りもしなかった事業のために本当に大切なことをしなかった。しゃにむに働くことに疑問を感じたんです」  小学四年の長女を頭に三人の子を抱え「自分が健康でなければ」との思いが深まる。トレーニングを重ねるなかで三年後、ホノルルマラソンに出場。途中歩きながらも五時間五十一分で完走した。ゴールを切った充足感が新たな自信につながった。  西さんが提唱する「エコマラソン」は、自然を体感し、地元の人と触れあいながら楽しむことだ。一九九五年に参加した米国アリゾナとユタ両州にまたがる「モニュメントバレー50マイルレース」が発想の原点という。  コースは先住民ナバホ族の聖地を抜ける。神聖な土地に敬意を払い、ごみ拾いをしながら走ることにした。スーパーの袋十枚を腰につけ、コーラなどの缶を拾い、給水所に持ち込む。十一時間で四十キロを二周する規定だが、一周目で制限時間を過ぎて失格した。だが、集めた空き缶は約四百個に。「達成感があった。地球環境が壊れれば個人の健康なんて保てない」  西さんはデジタルビデオカメラを持ってゆっくり走る。沿道の景色や声援者の姿とともに、トイレや給水所の設置状況などを収める。その映像とランナーとしての体感をもとに大会を格付けしてきた。空気のきれいさやトイレの設置、給水所の水の安全性など計三十四項目で採点。総合評価をトリプルAからDまで計三十四段階に分けた。最高ランクは昨年参加した「ヒマラヤ100マイルステージレース」だけだ。  遠征費は仕事一筋だったころ、都内や米国で買ったマンションなどを売り払って充てている。社員は自分一人だけの映像会社を経営し、東京都渋谷区に一人住まいだ。三人の子どもには「十八歳までは面倒をみるが、その後は自活しろ」と言ってきた。高校時代のアルバイトでためたお金でそれぞれ看護、インテリア、調理の専門学校に進学した。「自立心を高めてあげることが、これからの人生を生き抜く最大の援助」という。  競技性重視の国内大会には出場しない。「人を追い越し、一秒でも早くゴールすることより、得られた時間を目いっぱい楽しむ。エコマラソンは自分の生き方をみつめる方法でもあるのです」。今年中にニ百大会達成が目標だ。

☆マラソン環境格付けの一例
快適   
AAA
1.ヒマラヤ100マイルステージレース(99・インド)
* エべレストが一望できる雄大な景観
AAA-
1タヒチモーレアマラソン(95・タヒチ)
*民族衣装の村人が歌と踊りで応援 
2.ナニシビック百夜マラソン(98・カナダ)
*北極圏の原野を走る
BBB
1 ストックホルムマラソン(99・スウェーデン)
*王宮など観光名所を巡るコース設定
BB+
1. オクラホママラソン(99・米国)
*参加無料。ランナーは定員60名で家庭的
普通
BB-
1. ホノルルマラソン(98・米国)
*参加者が多く、日本人の参加費が割高
2.シベリア国際マラソン(99・ロシア)
*市民の応援は熱狂的だが、ごみ箱がない
B+
1.ロンドンマラソン(99・英国)
*7割がチャリティーで参加                     
CCC+
1. コペンハーゲンマラソン(99・デンマーク)
*名所を避けたコースで、市民の関心薄い いまひとつ
CCC
1. エジプト国際マラソン(99・エジプト)
遺跡を周回。車の俳ガスがきつい

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■日本 **************************************

2000年2月1日発行「到知」3月号

負けるが勝ち  西 一  
他人とは競わず、風景を楽しみながら、マラソンの制限時間をいっぱい使って走る。記録とは無縁の市民ランナーに過ぎなかった私ですが、このたび「七大陸マラソン最速走破世界記録保持者」としてギネスブックに認定していただきました。  一九九七年、日本人として初めて南極のマラソン大会に出場したのを皮切りに、七大陸の七つのフルマラソンを次々と完走。すでに七人のランナーが七大陸のマラソンを走破していましたが私は試しにその七人に「あなたはどの様な時間をかけて、またどのような目的で七大陸を走ったのですか」というをアンケートを送ってみました。  そうすると、そのうちの五名から返事が来ました。最短の人で五年間かかっていました。私は七カ月で七大陸のマラソンを走破しました。これなら世界記録としてギネスに認定してもらえるのではないか、と思ったのです。  ギネスに認定されると、いろいろなところから注目されるようになりました。昨年は一年間に世界中の四十ニものマラソン大会に出場し、これも「世界最多大陸間マラソン走破世界記録」および「年間最多有償旅行距離世界記録」としてギネスに申請する予定です。  もともと私はマラソンを専門にやってきた人間ではありません。私がマラソンにのめり込むきっかけになったのは、三十八歳の時に同い年の妻が癌を患い、まだ幼い三人の子供を残して世を去ったことからです。最愛の妻の死は、これまでの人生を見直す機縁となりました。  三十ニ歳でライセンスの会社を興し、まさに馬車馬のごとく一日十八時間働いてきました。海外の健康関連の映像版権を取得し、それを日本のビデオ会社に配給する仕事で、業界トップのプロモーターとして毎日忙しく世界を飛び回っていました。  おれは妻子を食わせているんだ。そのために一生懸命働いているんだ。そんな思いあがった考えから、家庭をかえりみることはありませんでした。それが妻には大きなストレスになっていたようです。  しかし妻の死によって、それまで信じていた価値観がガラガラと崩れていきました。お金をいくら稼いだところで何になる。妻一人幸せにできないじゃないか。小さな業界のナンバーワンになったところで何になる。単なる自己満足にすぎないじゃないか。一体自分はいままで何のために生きてきたのだろう。あまりにも自己中心的に生きてきた半生を振り返り、なんという取り返しのつかないことを自分はしてしまったんだという自責の念に苛まれました。  そんな葛藤の中でニ年が過ぎ、私は相変わらず忙しく海外を飛び回っていました。一九九○年の十ニ月、ロサンゼルスにいたときのこと、たまたま日本から持ってきた週刊誌で、一週間後に ホノルルマラソンが開かれることを知りました。それまでマラソンなど一度も走ったことはありませんでした。しかし、なんだか楽しそうだなと感じ、走ってみることにしたのです。  ホノルルマラソンではニ十一キロを走り、残りのニ十一キロを歩いて、なんとか五時間五十一分で完走しました。最初、マラソンは満たされぬ気持ちから逃れるための手段でした。ところが、走るうちに自然の恩恵を強烈に感じるようになりました。ランナーに必要なのは空気と水です。大自然の大いなる恵みの中で生かされていることも忘れ、目先の地位、名誉、富に目を奪われて、何か大切なものを見失って生きていたのではないか。そんな思いに駆られるようになったのです。  それ以来、生き方が変わりました。なるべく自転車に乗って車には乗らない。物を買う場合でも長持ちするものを選ぶ。いつも環境に気をつかった簡素な生活、感謝に満ちた生活を心掛けるようになりました。  いま私は自然とマラソンの共生を目指した「エコマラソン」というものを提唱しています。今回、記録をギネスブックに申請したのも、多くの人に「エコマラソン」の考え方を理解してもらうためのPRになればと思ったからです。  競いあうのではなく、集い触れ合うことを楽しむ。自然を征服するのではなく、自然との調和を大切にする。独占するのではなく、分かち合いつつ、物質にとらわれずに簡素な生活をする。そんな生き方をマラソンの通して訴えていきたいと思っています。  いまの世の中は、あまりにも弱肉強食、強者の論理が幅をきかせていないでしょうか。私はだれよりもゆっくり走ることによって、「負けるが勝ち」という哲学を実証してきました。世界中で行われるマラソンのすべてに、私はいつも最後のランナーとして制限時間の一秒前にゴールしてきました。もし私の後ろにランナーがいたら、ゴールの前で待っていて、どうぞお先にと先にコールさせてあげる。そして、一番最後にトップランナーよりも大きな顔をしてゴールするのです。では、どうしてそんなに自信に満ちてゴールできるのか。昨年私は四十ニ回ものをマラソンで完走しました。ほぼ毎週のように走ってたという計算になりますが、このようなことは強者の論理のみを信じる、スピード優先のランナーには到底真似のできないことです。見方を変えれば、私のような世界一遅いランナーもギネスに登録されるような記録が残せるのです。これが私の言う”負けるが勝ち”の論理です。  妻の死は世間一般の強者の論理に毒された私の目をさまさせてくれました。もっと多様な生き方があってもよいのではないか。そんな生き方をこれからもエコマラソンで訴えていきたいと思います。(にし・はじめ=エコマラソナー)

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2000年1月27日付読売新聞夕刊3面

 100歳までに1000回マラソン 昨年だけで17国42回  ただいま累計167回 景色楽しみ人々と交流ギネス申請も  ギネスブック公認の「7大陸の7つのマラソンを1年間で走破」という記録を持つ東京都目黒区の映像ライセンス会社経営、西一さん(50)が、昨年1年間で米国25州を含む17か国の42回の海外マラソンを完走し、このほど帰国した。新たに「年間マラソン走破回数世界記録」をギネスブックに申請する予定だ。(小石川 弘幸)  西さんは、エコロジー(生態学)とマラソンを合成した「エコマラソン」の提唱者。記録にこだわらず、空気や自然、そして応援する人々との触れ合いを楽しみながら、世界のマラソンを独自の評価基準で格付けしてきた。  1990年、41歳の時にホノルルマラソンに初参加して以来、世界中でフルマラソン、ウルトラマラソン、トライアスロンに参加し、一昨年までに125レースを完走してきた。  昨年は1月17日の米フロリダ州で行われたマラソンでスタート。月4、5回のペースで参加し続け、12月12日のメキシコ・カンクーンマラソンで42大会目となった。  完走タイムは、5時間から6時間。カメラで公園の人々を取りながら、制限時間いっぱいにゆっくりと走る。「僕は誰よりも遅いランナー。だから世界の人々と交流できる」というのが、西さんの持論だ。  西さんの格付けで第1位の「AAA]に輝いたのは、98、99年の「ヒマラヤ100マイル(約160キロ)」。空気が澄み渡り、景観や応援がすばらしいだけでなく、イベント自体が地元住民の雇用に結びついている点などが最高の評価につながった。「沿道の人々が本当にいい顔で応援してくれる。走りたいというエネルギーがわいてきます」と西さん。2位は「息をのむ景観だった」という95年のタヒチマラソンと、米カリフォルニア州のビッグサー国際マラソンだという。「大会運営が堅苦しくて心を解放することができないから」と、日本国内で行われるマラソンには1度も参加したことがない西さん。「100歳までに1000回の海外マラソン完走」という大目標達成のために、再び旅立つ予定だ。

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2000年1月15日付日本経済新聞夕刊11面

 無理せず・汚さず・楽しめる 悠々走る「エコマラソン」166大会完走・西さんが提唱  世界の大会を格付け 地元と交流 心に安らぎ 世界四十一カ国を回り、百六十六の市民マラソンレースを完走、ギネス記録を持つ西一(はじめ)さん(50)が、自らの体験をもとに世界各国のマラソン大会を格付けした。のんびり走り、自然を肌で感じたいというランナー向けのランク付けだ。世界には環境を大事にし、自然の偉大さを気付かせる大会は少なくない。順位やタイムにこだわり余裕を失いがちの日本人。周囲にちょっと目を向けてほしいとの思いがこめられている。  ☆妻の死で人生観が一変 米国のビデオソフトの通信販売会社を経営していた西さんに大きな転機が訪れたのは三十八歳の時。仕事のパートナーでもあった同い年の伴りょ、和子さんががんで亡くなった。残されたのは小学四年生を頭とする三人の子供。仕事に没頭、稼いでさえいれば家族は幸せになる、という価値観が音をたてて崩れ落ちた。 子供のために、健康であることが信仰に近いものになった。仕事を大幅に減らしてスポーツジムに通い始めた。しかしぽっかりあいた心の穴は埋まらない。三年後、ホノルルマラソンに出場してみた。ニ十キロまで走り、あとは歩いて五時間五十一分でゴールした時、久しぶりに充実感をあじわうことができた。 若いころ、一年半かけて世界を放浪、四年間、ブラジルにも住んだ西さんにとっては海外は青春の思い出の地。機会を見つけて有名なマラソン大会に出てみたが、日本人が数多く参加する大きなレースでは割り切れない思いを抱くようになる。給水所で競うように紙コップを受け取り、飲み終えるや路上に捨てていくランナーたち。何時間にもわたってサポートし、大会が終わると清掃してくれる地元のボランテイアに感謝の言葉ひとつかけない。 ☆「負けるが勝ち」に目覚める  そんなメジャーなレースを避けるようになった。走り方も変わる。無理して他人と競争はしない。疲れたら歩く。給水所などでは応援してくれる人と言葉をかわす。見なかったものが目に映り、聞こえなかったものが耳に届くようになった。妻が亡くなって以来、ずっと探し求めていた心の安らぎを感じた。北極も南極もサハラ砂漠も走りたい。レンタルショップがまだ現れない時代にビデオソフトの通信販売で稼いだ資産は、相当なものになっていた。身軽になって生きるべきではないか。米国にあった別荘もヨットも車もすべて売却し、その費用で大会行脚を続けた。年間の出場大会数は四十を超え、一九九七年には「百六十八日間で七大陸マラソン完走」がギネス記録として認定された。  ☆価値はひとつではない  大会を格付けしてみたい、と感じたのは海外には地球環境に配慮する大会が多く、競うという目的以外にも大きな楽しみであることを伝えたいためだ。西さんが提唱するエコロジーとマラソンを合成した「エコマラソン」そのものの大会があるという。例えば米国アリゾナ州とユタ州にまたがるモニュメントバレー50 マイルレースでは、紙コップやバナナの皮などを捨てると即失格という厳しいルールがあるし、カリフォルニア州デスバレーのトレイルレースは水や食べ物は持参するのが原則。環境破壊を最小限に抑えたミニマムインパクトの精神で貫かれている。格付けは主宰者の発表資料ではなく、ビデオとカメラ持参でゆっくり走る西さんの体験がもとになっている。環境、交流、運営、安全、利便、記念、公正の七要素から三十四項目を細かく採点。トリプルAからDまでニ十八段階に分けた。トリプルAは今のところ、ヒマラヤの名峰を見ながら五日間にわたって行われるヒマラヤ100マイルステージレースだけだ。今年の目標は五十カ国と米国五十州のマラソン走破達成だが、来年からは日本の大会にも出場し、格付けするつもりだ。「エコマラソンはスポーツというにとどまらず、自然と調和して生きるという提案。日本の大会関係者に少しでもヒントになればうれしい」とエコマラソンの伝道師は語っている。(芦田富雄)  エコマラソン国際環境評価(100点満点) 1.環境(30点満点)   空気清浄度や水の供給手段、ごみ箱設置など7項目。   空気清浄度は「自然のアロマが味わえ高い健康をもたらす」が10点、「車の排ガスで気にな  る」が4点、「呼吸困難な空気」が0点 2.交流(15点満点)   企画ツアーの有無やパーテイー参加費適正度など4項目 3.運営(25点満点)   トイレ設■置状況、早期スタートの有無など13項目。「制限時間内に完走できない人のため1  時間以上前のスタート」があれば2点、「1時間以内」が1点、「制度なし」が0点 4.安全性(10点満点)   交通規制と救急所の設置など2項目 5.利便(5点満点)   ホテルの参加者特別料金の有無など2項目 6.記念(5点満点)   ゴールでの記念撮影の有無など3項目 7.公正度(10点満点)   外国人に対する差別参加費の有無など3項目  格付けの一例 ・AAA (100-98点)  99年ヒマラヤ100マイルステージ ・AAA?(97-95点)  95年タヒチ、98年北極百夜、94年ビッグサー国際 ・A   (82?79点)  95年マウイ、95年デスバレートレイル ・BBB+(76?74点)  91年ロサンゼルス、92年サンフランシスコシテイー ・BBB (73?71点)  99年ストックホルム、96年キリマンジャロ ・BB  (64?62点)  98年パリ、95年ディズニーランド ・BB? (61?59点)  98年ホノルル、99年シベリア ・B?  (58?56点)  99年ロンドン、99年ウィーン、99年ヘルシンキ (注)詳細はwww.ecomarathon.org)

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1997年9月2日付日本経済新聞朝刊文化面

   自然と調和 エコマラソン  記録にこだわらず生き方そのものから変革   
西 一

 私は走るのは好きだ。今年ニ月の南極マラソンをはじめ、北米(三月カタリナ)、オセアニア(五月ロトルア)、南米(六月サンパウロ)、欧州(七月白夜)、アジア(同月パタヤ)の各マラソンを走破し、八月三日にアフリカ・タンザニアで行われたメルー山国際マラソンを完走した。七ケ月で七大陸マラソン走破は史上初めてらしい。  実は二年前には年間三十四回の海外マラソンを完走したが、これも世界記録といわれている。 別に狙ったわけではない。気がつけばこうした記録を達成できたという感じだが、それは私が「エコマラソン」に撤したからだと思っている。

☆ ☆ ☆  無名の大会で目覚める  
エコマラソンはエコロジーとマラソンを合成した私の造語だ。マラソン大会では一般的にランナーは順位や時間にこだわりやすい。だから余裕がなくなる。しかし私は他人と競争したり、肉体的限界に挑戦などといった意識は持たない。周囲の自然を楽しみ、疲れたら歩くし、給水所などで応援してくれる人とはできるだけ言葉をかわす。  もちろん走り始めた七年前にはこうした意識はなかった。私がランニングに興味を持ったきっかけは、三十八歳の時、一緒に映像ライセンス会社を経営していた同い年の妻をがんでなくしたことだ。健康の大切さを痛感して走り始めた私がニ年後、手始めに参加したのは、多くの日本人と同じホノルルマラソンだった。  さらにロサンゼルスやバリ島など日本人が多数参加するマラソン大会に出るうち、割り切れない思いを抱くようになった。日本人のほとんどは記録更新を目指し、コースにはごみを置き去りにし、嵐(あらし)のように通り過ぎる。  私はそうしたメジャーな大会を避け、出場者も少ない無名の大会に出場するようになった。すると、これまで見えているようで見えなかった周囲の自然が急に目前に広がった。  

☆ ☆ ☆  地球が健康でこそ  同時にそのころ、仕事で渡米した時に参加したエサレン研究所での自己開発の体験、中でも牧師でトランスパーソナル心理学でも高名なブラザー・デイビット師から自然と融合する心地よさを学んだ。  それを最初に実感できたのはアリゾナ州とユタ州にまたがる雄大な山地をかけぬけるモニュメントバレー50マイルレースに参加した時だ。ビュートやメサと呼ばれる神々しい岩山が点在するこの地は米国先住民の生活の場といわれる。  私はその神聖な場所を走れることに対して感謝の気持ちを表すため、コースに落ちていた空き缶や瓶を拾い集めながら走った。制限時間内にゴールできず失格なったが、自分が自然の一部と感じる充足感が味わえた。  またヒマラヤの名峰を一望できる場所で五日間にわたって行われるヒマラヤ100マイルステージレース。カリフォルニア州にある、海面下八十六m、最高気温五ニ度、最低湿度一%というデスバレーのトレイルレース。こうした取り巻く自然が苛酷(かこく)な大会であればあること、地球が語りかける鼓動を肌で感じることをができた。  走っているうちに私が感じ始めたのは、個人の健康は地球の健康があってこそ、ということだ。生活そのものをエコロジカルにする必要がある。私たちの存在そのものが環境悪化の主な原因であるとの認識に立てば、これまでの生き方を反省せざるをえない。  それは必要最小限の物だけで暮らす喜びであり、自らの考えや物に執着するのではなく、他に与え、互いに潤うことが幸せを感じる生き方

☆ ☆ ☆  世界に理念広げる
私は機会あることに、レースの体験記など発表し、このほど停車中の車のエンジンを止める「アイドリングストップ運動」も提唱し始めた。身近なものにも気を配りたいと思っている。  私の訴えに共鳴してくれる人も出てきた。ヒマラヤ100マイルステージレースの運営委員長のC・S・パンデイーさんは、私をこのレース初の外国人運営委員として推薦してくれたし、米国人ランナーのロン・ジョンソンさんは私をテーマにしたTシャツやポロシャツを商品化し米国でエコマラソンをアピールしてくれている。  最近、こうした生き方をすれば百歳を越えて生きることができると思えるようになった。にこれからもエコマラソンの理念を世界に広げるため、生涯千回の大会走破を目指して走り続けるつもりである。

(にし・はじめ=エコマラソン・インタナショナル主宰)

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